心のお愉しみのカタチ。

ル・ガラージュが選りすぐった品々の中から、
こだわりの逸品をさらに掘り下げてご紹介。
今回は一つひとつがハンドメイドの
珠玉のメタルアート、マッキナロッサを
クローズアップしました。

心のお愉しみのカタチ。

心のお愉しみのカタチ。

  •  “Made by Hand.”そこには作り手の愛情が注ぎ込まれている。しかもそれが嗜好性の強いものとなると、それはもうアートと呼ぶほかは見あたらない。
    そう、マッキナロッサこそル・ガラージュの開店以来約28年の歴史の中でも、息が長くしかもル・ガラージュのコンセプトを忠実に表現した商品のひとつであり、そんなアートである。

    一見粗雑に見えるアルミの質感、削り出されたことが明らかに見て取れるヘアライン。これこそがマッキナロッサの魅力である。
    量産とそのクォリティの確かさによって目覚ましい発展を成してきた日本の工業界の目で見ると、それは見るに堪えないものかもしれない。しかし、均一に美しすぎる仕上げがもしマッキナロッサに施されていたとしたら、これほどの魅力は全く感じなかったであろう。発売当初とある技術者の話によれば、逆にこの「アジ」を表現するのはとても困難だと聞かされたのも、今となってはそんな日本の姿を顕していたのではとも思える。

     時として人は未完成なものに惹かれる。それらは確実に完成されたものとは異なる「愛着」や「癒し」といったより感覚的なものを満たしてくれる。これこそ日本がどんどん失い続けているもののひとつでは無かろうか。その結果が今の日本で、自身を含め人は毎日時間に追われ、同じ毎日の繰り返しに悩み、人生を、生活を愉しむということを忘れてしまっていると思うのだ。

     確かにDo It Your Selfな性行は確実に失われ、日常の出来事として「日曜大工」や「サンデーホビー」という言葉も影を潜めている。

     ここに来て、経済は空前の危機に面しているのは周知の通り。これは人々の意識に大きな変革をもたらし、お金の使い方について再考させられることを発端に、モノへの接し方や生活パターンにも変化が顕れる。そんな中で人々は“未完成な”何かに心を向けるのではないか、と。

     少々話が逸れたが、このマッキナロッサを見つめると、忘れかけていた「心のお愉しみ」を思い出さずにはいられない。世界にひとつの仕上がりの作品を眺め、或いは自分なりに再び仕上げる。そんな時間が愛おしいと思えるのだ。

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     マッキナロッサは元々メタルアートの製作を趣味とするひとりのカーエンスージャストから始まった。その名称「マッキナロッサ」の通り、深紅の機械(マシン)に惹かれた彼は、数々のマッキナ(クルマやバイク)の特徴的なパーツをモチーフにステーショナリーやキーホルダーなどを生み出していった。

     発表されるモデルはル・ガラージュ関係者とのミーティングを経て「つい頬がゆるむ」という感覚の持てる製品を目指して細かなディテールが決められ、時にはさらなるちょっとした遊び心を加えられることもあった。
    いずれも卓上に置かれた姿、あるいはクルマのキーに取り付けられた姿を想定し、我々自身もが欲しいと思えるカタチを作り上げていったのである。

     現在では長らく新作は発表されてはいないが、それぞれの作品に盛り込まれた思いは色褪せることなく、今なお無垢の金属ならではのずしりとした感覚と共に現役として販売されているこのマッキナロッサ。
    まだひとつも手にしたことが無いのなら、まずは彼のヘレボーレをモチーフとしたステアリング型キーホルダーはいかがだろうか。アルミのスポークをウッドで挟み込み、リベット留めされたそれは、そんな魅力を雄弁に物語ってくれるだろう。


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